多事多忙

 今日は時間に追われる一日でした。


午前中に、お寺・地域活性化等について、ご助言をいただくご縁がありました。


お昼からは神戸西ロータリークラブの例会並びに今年度理事役員会、続いて次年度の理事役員会が開かれました。


いよいよ次年度は、小生、会長エレクトとなります。


終了後、神戸真宗連盟・報恩まつり式衆の習礼を受けました。


夕方からは、神戸市佛教連合会の会長・副会長・専務理事の三役会議を行いました。


あっという間の一日でした。


少々疲れましたが、どれも充実した時間でした。


皆さん大変お世話になりました。


ありがとうございました。


合掌 南无阿弥陀佛 善本秀樹 拝


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# by junshoji | 2026-05-08 22:46 | 住職日記

ありがとう感謝が変える

 長かった大型連休・ゴールデンウィークも明け今日から日常に戻りました。


今日は、天気予報通り、晴れましたが、気温がぐんと高くなりました。


朝晩と日中の寒暖差があるかと思えば、今日は急に暑くなりました。


日差しも強くなりました。


この時期、紫外線が一番強いそうです。


さあ、5月連休明けから、総会の時期になります。


総会の前に、監査も行われます。


予定表を見ると、時間調整が難しい日もあります。


時は加速するように流れてゆくでしょう。


日々感謝の気持ちを忘れず、ありがとうを声に出しましょう。


必ず善きことが起こるはずです。


ありがとう・感謝は、前を変えてゆく力があります。


合掌 南无阿弥陀佛 善本秀樹 拝


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# by junshoji | 2026-05-07 15:48 | 住職日記

大型連休最終日

 ここしばらく、また朝晩が冷えます。


じっとしていると、寒くなります。


先日は、長雨で湿気が多く、多少蒸し暑さを感じていました。


今日は、朝から曇り空で、小雨も降りました。


東北地方から北海道にかけて、気温は高いそうです。


今年の夏の気候は、例年より少し変わっているようです。


寒暖差はこれからも続くのではないでしょうか。


長かった大型連休・ゴールデンウィークも今日で終わります。


明日からお仕事・勉強にと普段・日常に戻ります。


長い休みの旅行・帰省で、心身共に疲れてしまっているのではないでしょうか。


今宵は早く就寝されるのが一番でしょう。


明日からも、今を精一杯明るく・楽しく・笑顔で過ごしましょう。


皆さん大変お疲れさまでした。


合掌 南无阿弥陀佛 善本秀樹 拝


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# by junshoji | 2026-05-06 15:24 | 住職日記

こどもの日

 今日5月5日はこどもの日です。

 
総務省の発表によりますと、4月1日時点の15歳未満の子どもの数は1329万人となり、前年より35万人減少したとのことです。これでなんと「45年連続の減少」となり、総人口に占める割合も10.8%と、52年連続で低下し過去最低を更新したそうです。


年齢が下がるほど子どもの数は少なくなり、中学生にあたる12〜14歳が309万人であるのに対し、0〜2歳は213万人にとどまっています。


また、最も子どもの数が多かった1954年(昭和29年)の2980万人と比べますと、現在は約45%にまで減少してしまっているのです。世界的に見ても、人口4千万人以上の38カ国中で、日本は韓国に次いで2番目に子どもの割合が低い国となっております。


数字だけを見ますと、日本の未来に対して不安や寂しさを感じてしまうかもしれません。


しかし、仏教の視点からこの現実を見つめ直したとき、小生は少し違った思いを抱きます。


子どもの数が減っているということは、裏を返せば、今ここに生まれてきてくれた子どもたち一人ひとりの存在が、これまで以上に尊く、かけがえのない「宝物」であるということです。


浄土真宗の教えでは、私たちがこの世に生を受けることは「決して当たり前のことではない、数え切れないほどのご縁の賜物である」と説きます。

1329万人の子どもたち一人ひとりが、奇跡のようなご縁によって、今、私たちの目の前にいてくれるのです。


社会全体で子どもを育てる力が弱まっていると言われる現代において、お寺が果たすべき役割は何でしょうか。

それは、子どもたち、そして子育てに奮闘されている親御さんたちにとっての「心の居場所」となることだと思います。


「がんばれ」と励ますだけでなく、「大丈夫だよ」と優しく包み込む場所=お寺。


「泣いていい。怒っていい。そのまんまでいいんだよ」と、ありのままを受け入れる場所=お寺。


慈光山・順照寺は、これからも「みんなで笑顔・感動・感謝」を分かち合える、温かいお寺であり続けたいと切に願っております。


こどもの日を迎えるにあたり、すべての子どもたちが阿弥陀如来さまの温かい光に包まれ、健やかに成長されますことを、心より念じ申しあげます。


合掌 南无阿弥陀佛 善本 秀樹 拝

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# by junshoji | 2026-05-05 16:12 | 住職日記

言葉と心

 日々の暮らしの中で、私たちは何気なく「すいません」や「ごめんなさい」という言葉を使っています。けれども、この二つの言葉には、似ているようで少し違う、そして同時に大切な意味が込められているように思います。



「すいません」という言葉は、「すみません(済みません)」がもとになっています。本来は「これでは済まない」という気持ちから生まれた言葉ですが、今では謝るときだけでなく、誰かに声をかけるときや、感謝の気持ちを表すときにも使われています。そこには、相手への気遣いや、場の和を大切にしようとする、やさしい心が表れています。



一方で「ごめんなさい」は、「お許しください」という意味を持つ、よりまっすぐな謝罪の言葉です。自分の過ちを認め、相手に対して心から詫びる――その素直な気持ちが、そのまま言葉になっています。



このように見てみますと、「すいません」は人と人との関係の中で生まれる配慮の言葉であり、「ごめんなさい」は自らの心を見つめる反省の言葉である、と言えるかもしれません。



しかしながら、どちらの言葉にも共通しているのは、「相手を大切に思う心」です。自分の行いによって誰かに何かが起こったとき、そのことに気づき、関係を大切にしようとする――その思いこそが、言葉の根底にあるのではないでしょうか。



仏教には「懺悔(さんげ)」という教えがあります。自らの過ちに気づき、心から改めていくことです。それは単に反省するだけでなく、これからの生き方を見つめ直す大切な歩みでもあります。



「ごめんなさい」と素直に言える心。



「すいません」と相手を気遣える心。



どちらもまた、私たちが人として生きていくうえで、かけがえのない大切なはたらきであるように思います。



合掌 南无阿弥陀佛 善本 秀樹 拝


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# by junshoji | 2026-05-04 17:05 | 住職日記