言葉と心

 日々の暮らしの中で、私たちは何気なく「すいません」や「ごめんなさい」という言葉を使っています。けれども、この二つの言葉には、似ているようで少し違う、そして同時に大切な意味が込められているように思います。



「すいません」という言葉は、「すみません(済みません)」がもとになっています。本来は「これでは済まない」という気持ちから生まれた言葉ですが、今では謝るときだけでなく、誰かに声をかけるときや、感謝の気持ちを表すときにも使われています。そこには、相手への気遣いや、場の和を大切にしようとする、やさしい心が表れています。



一方で「ごめんなさい」は、「お許しください」という意味を持つ、よりまっすぐな謝罪の言葉です。自分の過ちを認め、相手に対して心から詫びる――その素直な気持ちが、そのまま言葉になっています。



このように見てみますと、「すいません」は人と人との関係の中で生まれる配慮の言葉であり、「ごめんなさい」は自らの心を見つめる反省の言葉である、と言えるかもしれません。



しかしながら、どちらの言葉にも共通しているのは、「相手を大切に思う心」です。自分の行いによって誰かに何かが起こったとき、そのことに気づき、関係を大切にしようとする――その思いこそが、言葉の根底にあるのではないでしょうか。



仏教には「懺悔(さんげ)」という教えがあります。自らの過ちに気づき、心から改めていくことです。それは単に反省するだけでなく、これからの生き方を見つめ直す大切な歩みでもあります。



「ごめんなさい」と素直に言える心。



「すいません」と相手を気遣える心。



どちらもまた、私たちが人として生きていくうえで、かけがえのない大切なはたらきであるように思います。



合掌 南无阿弥陀佛 善本 秀樹 拝


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by junshoji | 2026-05-04 17:05 | 住職日記