生と死
2020年 08月 30日
小生、おかげさまで、御歳・61歳を迎えました。
幼い頃は、身体が弱く、頻繁に近くの小児科に通っていました。今、その当時の主治医の先生がおられたら、きっと驚かれることでしょう。
人は、生死を繰り返しながら、やっと人間に生まれて来たと言われています。
何故、この時代に生まれて来たかは、自分自身のことでもその理由はわからないのです。
そして、やがて、老いて、病になり、死を迎えます。
私たちにとって一番大事な問題は、『死んだらどうなるのか』。ということではないでしょうか。
私たち・この私は、元気な間は、この大きな問題に、目をそらして、言わば、棚上げ状態にしています。
いずれ来る『死』という大きな問題。
この難しい問題を解決するには、阿弥陀如来さまの願いを聴いてゆくしかないのです。
阿弥陀如来さまから願われているこの私に気づかされるはずです。
合掌 南无阿弥陀佛 善本秀樹 拝

幼い頃は、身体が弱く、頻繁に近くの小児科に通っていました。今、その当時の主治医の先生がおられたら、きっと驚かれることでしょう。
人は、生死を繰り返しながら、やっと人間に生まれて来たと言われています。
何故、この時代に生まれて来たかは、自分自身のことでもその理由はわからないのです。
そして、やがて、老いて、病になり、死を迎えます。
私たちにとって一番大事な問題は、『死んだらどうなるのか』。ということではないでしょうか。
私たち・この私は、元気な間は、この大きな問題に、目をそらして、言わば、棚上げ状態にしています。
いずれ来る『死』という大きな問題。
この難しい問題を解決するには、阿弥陀如来さまの願いを聴いてゆくしかないのです。
阿弥陀如来さまから願われているこの私に気づかされるはずです。
合掌 南无阿弥陀佛 善本秀樹 拝

by junshoji | 2020-08-30 21:55 | 住職日記