慈悲   

2018年 06月 07日

 梅雨の晴れ間となりました。湿気が多くジメジメしています。昔は梅雨と言えば、連日降り続くしとしと雨でした。それを慈雨と言っていました、また恵みの雨とも言っていました。
さて、悲しきかな、幼い子どもたちが命を奪われ犠牲になる事件が後を絶ちません。
5歳になる幼い子どもさんが、実の母親がおりながら、食事も与えられず、虐待を受け、亡くなりました。恐ろしい事件が頻発しています。
いつも犠牲になるのは子どもたちばかりです。
亡くなった5歳の子どもさんは、ノートに「もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」。と鉛筆で書かれていたそうです。どんなに無念だったか。あまりにも悲しずぎる事件です。
それにしても、何と身勝手極まりない無慈悲な親なんでしょう。子どもさんは、親が選んで生まれてくるわけではありません。深い縁あって親のもとに生まれて来てくれたのです。親を親として育てるために。これは説明できるものではなく、奇跡としか言いようがありません。
何故いつまでこんな悲惨な事件が続くのでしょうか。どこに問題があるのか。それは、まず、教育です。この事件の親もこんにちまで命について考えたことがなかった。教えてもらわなかったのではないでしょうか。
この私の命は、永い間生死を繰り返しやっと人間として生まれた命なのです。これも奇跡なのです。人として生まれたら、あらゆる命によって生かされていることに気づかされるのです。
このことを知る・伝える・伝わる場は、家庭とお寺と学校しかありません。そのご縁がないと人を平気で殺めてしまうのです。環境と条件が整ってしまえば、犯してしまう私たち人間の恐ろしさがあるのです。だからこそ、命の教育が絶対必要なのです。
もう二度とこのような悲しい事件がおこらないことを深く祈念せずにはおれません。
犠牲になった5歳の子どもさんへ。「ごめんなさい もうあやまらなくてもいいんだよ これからも あなたを わすれず みほとけさまとなられたあなたに てをあわし おがんでゆきます ゆるしてください」。「ほんとうにごめんなさい」。「うまれかわった おじょうどで おあいしましょう」。
謹んで哀悼の意を表します。
合掌 南无阿弥陀佛 善本秀樹 拝
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by junshoji | 2018-06-07 20:27 | 住職日記

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